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歴史に学ぶ


庶民の立場から見た長州藩の幕末の攘夷

久坂玄瑞の攘夷決行の理由は ①幕府の官僚の勝手な条約調印 ②国内の政情不安 ③物価の高騰ですが、長州藩の庶民から見たおもしろい攘夷論があります。
  嘉永4年米の凶作がありましたが、庶民は外国船が出没すると、その年は凶作となるが、今年は外国船を見ていないので豊作となる。安政5年から下関の長府、 清末、安岡周辺でコレラ(虎狼莉)大流行し300人が死亡。これは外国人が海に毒を流し、これを食べた魚を人間が食べたからである。(安政5年下関市宇 賀・古谷道庵著)。
 他の地域の風評でも江戸では吐き気を催してすぐに死ぬものが多い。これは多摩川に毒を流したとか、アメリカ人が海に毒を流しているためであるとの噂が広がっている。(安政5年群馬県吾妻郡・高橋景作日記)。
凶作・コレラの流行などの身近な出来事が外圧に結びつけられ、異国を悪兆とみなす意識が庶民から芽生えている。
 幕府は安政5年(1858)の5ヶ国条約で 日本=金1:銀4.65 外国=金1:銀15.3「物価高騰」
万延元年(1860)万延小判発行。万延小判は金の含有量を三分の一に抑えた「インフレ」。
1860年以降外国船が来ると物価高騰すると民衆が戦々恐々となる
。(安政5年下関市宇賀・古谷道庵著)
こんな出来事が色々あり庶民が立ち上がり攘夷(異国排除)になったのでは?


これからの時代は飛耳長目

時代の変遷・・・①原始時代「木の文化・女の社会」 ②狩猟時代「火の文化・男の社会」 ③農耕時代「土の文化・女の社会」 ④工業時代「金の文化・男の社会」 ⑤これからはアナログ時代からデジタル時代に 高度情報化時代「水の文化・女の社会」。工業化社会の常識が通用しなくなる。個人も企業も自我欲が過ぎると社会から抹殺される。これからの価値観は愛・心・感謝が必要賢者は歴史に学ぶ・愚者は経験に学ぶ。

諭旨(奇兵隊隊則)高杉晋作

 

一、礼儀をもととし、人心にそむかないこと肝要である。自分勝手なことをしないで、正直、丁寧に振舞い、威張り散らしたりしないこと。

一、農事の妨げをせず、みだりに農家に押し入ってはならない。牛馬など小道で出会えば、道をよけて通し、たとえ植えつけのない田畑であっても踏み荒らしてはならない。

一、山林の竹木、櫨(はぜ)、楮(こうぞ)等は勿論、道べりの草木をも伐り取ってはならない。人家の果物や鶏、犬なども奪うことはもってのほかである。言葉は丁寧に、人から親しまれるようにせよ。衣服その他は質素であること。

一、農兵の者は、進んで剣撃の稽古に励み、農家の子供は学校へ行って勉強できるようにすること。

一、百万の強兵も恐れず、弱き民は一人といえども重んじることを武道の本道とせよ。

元冶元年(1864年)10月19日

1864年、長州藩俗論政府は奇兵隊など人民諸隊に解散命令を出した。これに対し、騎兵隊はそれを拒否し、隊員規則を定めた。これは諸隊にも通知され、諸隊の諭旨となった。これで江戸幕府討幕に進んだのです。

櫨・・・ろうそくの原料  楮・・・和紙の原料

日清講和条約(下関条約)

清国は、朝鮮国が完全無欠なる独立自主の国であることを確認し、独立自主を損害するような朝鮮国から清国に対する貢・献上・典礼等は永遠に廃止する。(第一条)

1895年4月17日下関春帆楼で締結された。

この文章で韓国の竹島問題を皆さんどう思いますか?

聖徳太子の和の思想とは

仏教が日本に伝来してまだ間もないころ、仏教を受け入れるかどうかをめぐって、有力豪族の蘇我氏と物部氏との争いがありました。太子は仏教の受け入れに積極的な蘇我氏の血を引いていたので、仏教を深く理解していました。そのため、寺院を建立し、積極的に仏教を広めていこうとしたのです。しかし太子は仏教だけを広めようとしたのではありません。のちの神道につながる日本古来の信仰も尊ばれました。そうした太子の思想を表しているのが、「和をもって貴しとなす」の言葉なのです。なぜなら「和」を何よりも貴ぶというのは、縄文時代から自然と共に生きてきた日本人の神道的な考え方なのです。その後、日本では神道と仏教が共存しながら今日にいたっていますが、その源流ともなる基本形をつくられたのが聖徳太子だったのです。

聖徳太子の17条憲法

①和を尊び、人にさからいそむくことがないようにせよ。

②仏教をおおいに尊重せよ。

③天皇のお言葉には、必ずつつしんで従いなさい。

④役人は人の守るべき道をすべての根本とせよ。

⑤私利私欲をすて、公平な裁判をせよ。

⑥悪をこらしめ、善をすすめよ。

⑦人は各自の任務をはたしなさい。

⑧役人は朝早く仕事に出て、遅く帰りなさい。

⑨すべてのことにウソいつわりのない真心を根本とせよ。

⑩考え方の違いで人を怒ってはならない。

⑪功績があれば賞を、罪をおかしたら罰を、正しくあたえよ。

⑫地方官は人民から税をむさぼり取ってはいけない。

⑬役人は各自の職務の内容をよく心得なさい。

⑭役人は他人をうらやみねたんではならない。

⑮私心をすてて公の立場にたつのが、君主に仕える者のつとめだ。

⑯人民を使って物事をさせるのは、いそがしくないときを選べ。

⑰大切なことはみんなとよく議論して決めなさい。

★安倍政権(長州)がスタートしました。きびしい時代ですが、過去の歴史を参考に日本の政治・経済が世界の模範になるよう頑張ってほしいものです。

黒船がやってきた!

泰平の 眠りを覚ます 上喜煎(蒸気船) たった四はいで 夜もねられず。1853年アメリカ海軍ペリー総督率いる四隻の黒船が現れると、日本はこの狂歌にうたわれたような大変な騒ぎになりました。開国か、鎖国か。外圧を受ける中、日本は幕末の動乱に突入していきます。この激動の時代に活躍したのが吉田松陰・高杉晋作(長州)・西郷隆盛・勝海舟といった幕末の英傑たちでした。黒船来航から15年後徳川幕府から明治政府に政権が交代し明治維新によって国難を乗り切っていったのです。1868年明治天皇により五箇条の御誓文が発表されました。世論に基づく政治や広く知識を世界に求めるなどが示されました。新政府は短期間にさまざまな改革を断行、それはまさに日本の生き残り戦略です。国の基本となる大日本国憲法の制定は欧米の憲法を学びまた日本の風土にあった独自の憲法が制定されました。これは内外から高く評価されています。

明治維新は特権階級の武士が、国の将来のために、その特権的身分を捨てて新時代を築きました。明治維新で活躍したリーダーたちは日本人の歴史と伝統は大切に守りつつ、進んだ技術は積極的に取り入る「和魂洋才」の精神を共有していました。それは聖徳太子以来、日本人が発揮してきた「進取の気性」と「不易流行」の精神によるものです。明治維新では欧米の市民革命のような大量の血は流れませんでした。国王や貴族が無差別に殺される革命と違い、日本には改革の中心に天皇という軸があったからです。

昔の日本人の生き方をとりもどすには

現状を分析すると、今日の日本では、警察官や教師の不祥事、子供の親殺し、親の子殺しなど、信じられない事件が多発しています。食品の偽装、建物の耐震の偽装など、重大なウソが平気でまかりとおる時代です。教育現場ではイジメの問題、生活保護費の不正時給、政治家のていたらく、いまこの国のモラルが大きく低下しています。過去の日本では考えられません。恥を不名誉とする美徳、親子の強い絆。正直、感謝、誠実を貴ぶ気風、弱い者いじめを許さない心が共有されていました。

戦後日本は目覚ましい経済繁栄をなしとげ、物はあふれ、生活は大変便利になりました。しかしその間、これまでの日本の家庭や地域、職場などで継承されてきた伝統は、なおざりにされています。家庭では核家族化が進み、地域では、共同体意識が薄れてきました。そして、日本人としての生き方、伝統的な精神、それをはぐくんできた日本の豊な歴史を教えられなかった大人が増加しました。いま、その大人達が、子供、孫を育てています。こうして現在の子供たちは、親からも、地域の人々からも、学校の先生からも、日本の伝統や文化、日本人が大切にしてきた価値観や生き方を教わらないまま成人になっているのです。

現在の日本人は経済発展一方で、大切な心の在り方を見失ったようです。コンビニ(24時間営業)等の普及で、何でも便利、簡単にできてしまう現在の暮らしのなかで命を大切にする生活、心を込めた家事や暮らし、家庭の絆などがおろそかになっています。今日では、子供も大人も、塾の勉強や会社の仕事に追われています。子供は小学生から携帯電話を持つので、親はまた余計に嫁がなくてはなりません。食事も生活も別々で、同じ家の中にいても、家族全員が顔を合わせることが殆どない家庭もあります。家庭の崩壊は食の崩壊、心の崩壊ひいては日本の崩壊に直結します。私達はもう一度、生活原点に返る必要があります。

日本人はこれまで神様・仏様という目には見えないけど、確かにある、命の根源、の力を信じて、大切にしてきました。食べ物を粗末にするとバチがあたる、目がつぶれると教えられてきました。こうして感謝の心を養ってきました。原点は食卓にあります。食卓は親しみ、やすらぎ、しつけの場です。昔はほとんどの家庭で食事は全員でしていました。いただきます・ごちそうさまとみんなで合掌し、食事をすることで、いただいた命や命を育んだ自然、農家や漁師たち、食事を作ってくれた人に対して感謝の気持ちをささげてきました。また毎日出るオシッコにも感謝したいものです。出なかったらどうなりますか?

このように日本人が大切にしてきた生活習慣は、家庭では祖父母から両親へ、両親からその子へと、代々受け継がれてきました。職場でも物を大切にする、誠実に働く、というような日本人の生き方は、師匠から弟子へ、先輩から後輩へと伝えられてきました。先祖の方々はよいものを継承し、それに工夫を重ねて、腕を磨き、心の鍛錬に努め、徳を高める生き方をしてきたのです。そうして自己中心な生き方ではなく、世の中をよくするため、他人のために役立つため、という公共心を養ってきました。とくに武道、茶道、華道、書道などの芸道など、伝統文化の世界では、礼儀作法が重んじられ、人としての道が説かれ、日本人として誇りをもって生きることが教えられてきました。しかし、いま、現代の家庭や職場からは輝きが失われつつあり、日本人としての生き方も忘れられようとしています。

戦後、日本の教育は大きくかわりました。それが、日本の成長に役立った部分もありますが、いまの教育を見ますと行き過ぎた個の尊重、いじめ、学級崩壊などさまざまな課題があります。これは戦後教育の歪みで、その根底には子供の立ち位置が定まっていないという大問題があります。私達がここにいるのは両親がいてくれたおかげです。さらに両親が存在するのは、祖父母がいてくれたおかげです。このように自分の命の根源をさかのぼると、遠い過去からの歴史が切れ目なくつながっています。この歴史は子や孫という子孫が生きる未来へもつながっています。一方私達は地域社会の人々、日本国民、世界の人々とともに今を生きています。つまり、私達は歴史の縦軸と同時代の世界という社会の横軸の絆で結ばれています。しかし、そうした自分の立ち位置と絆の自覚が子供達から薄れています。そのことが刹那的な行動に走りやすくさせているともいえます。今ここに自分を生かしてくれている、過去の歴史と先祖に対する感謝の念が失われたら、未来に対する責任感も生まれません。